ミニコラム
海外の影響(新しい色彩・デフォルメの登場)
昭和初期までの印象は、仏画のほか、花鳥画や風景画を繊細な筆づかいで描き、いわゆる伝統的な日本画を描いて大いに活躍しました。しかし、印象芸術の新たな転機は戦後の約10年、画風が特に大きく変化しています。

これまでは専ら古典的なものに目に向けてきた印象は、一転して現代に注目します。1951(昭和26)年の第9回東丘社展に出品した《八時間》など現代社会の風俗を主題にした作品を描きました。描かれた戦後の作品は、現代社会における不条理を象徴しています。また、その構成は、次第に伝統的な日本画特有の線によるものから、色面主体のものへと変化し、形態のデフォルメなど洋画的な表現が採られるようになりました。
敗戦により伝統的なものが否定されがちな時代風潮の中で、印象はいち早くあえて従来の日本画的な要素を排除し、新たに日本画の可能性を問う姿勢を見せたのです。激変する社会においてさえ、印象作品の主題や画風の急激な変貌は人々を驚かせました。

《八時間》1951(昭和26)年

1952(昭和27)年 マドリッドにて
1952(昭和27)年、61歳の印象は自らの進みつつある道を再認識するかのように、日本画家として戦後初めての渡欧をし、約半年をかけてパリを中心にイタリア、スペイン、西ドイツ及びスイスを周りました。
渡欧に際して精力的に見聞した風物を数多くのスケッチとして、また油画として描き、帰国後は、滞欧スケッチ展を開催しています。これらの西欧での取材は、1953(昭和28)年の第10回東丘社展出品作《メトロ》や、翌年の第10回日展出品作、占い小屋を舞台に人生への猜疑心を示した《疑惑》など、帰国後の制作に積極的に活用されました。

《マルセーユ》1953(昭和28)年

《メトロ》1953(昭和28)年
渡欧後の作品は渡欧前同様、テーマに風俗を扱いながら寓話的な社会画に仕上げていますが、今までに見られなかった色彩と、より簡素化されたデフォルメを主とした表現は、渡欧研究により印象が日本画を新しい方向へと飛躍させたことを物語っています。

信仰心の強い印象は、仏教のみに捉われるのでなく、キリスト教をテーマにした作品も多く描くようになりました。そこには、西欧の芸術で無数に取り上げられてきたテーマを研究しながら、日本画で表してみようとする強い意欲が感じられます。

《運命の始めと終り(刑架・受胎告知)》1954(昭和29)年
《メトロ》や《疑惑》で見られる鮮やかな色彩は、以降の抽象的な作品に頻繁に用いられることになります。画風や主題が大きく変貌したこの期は、来るべき新しい芸術に向けての、不可避の展開期でした。

※年齢はその年の満年齢を記載しました。


 【4】新造形への道・美術館構想(抽象表現への移行と晩年)

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